緑陰随筆特集

「 人 間 力 」〜 研 修 会 印 象 記
鹿児島県訪問看護ステーション協議会理事 
                   田畑傳次郎

 鹿児島県訪問看護ステーション協議会が定期的に行っている教育研修会が平成19年6月9日県医師会館で開催された。今回は認知症に関する研修会で講師に岡山県の「きのこエスポアール病院」院長の佐々木健先生に来て頂いた。先生は日本の中でいち早く認知症高齢者の治療及びケアを手掛け、特に全国で唯一の前頭側頭型認知症のピック病専門のグループホームを開設されている。当日は「認知症高齢者の理解と対応について」のテーマで講演された。
 先生は鹿児島大学医学部の出身である。卒業後、故郷の岡山大学医学部精神科に入局、臨床修練に勤しみながら学位を取得後は地元の笹岡病院に勤務された。その頃、木ノ子地区の丘陵地に土地を求めスウェーデンから輸入した住宅を建てた。それが高齢者医療介護をして行く切っ掛けになったと話された。笹岡病院を辞職して井原市に精神神経科きのこ診療所を開設、さらに4年後には民間で最初の認知症高齢者専門施設である「きのこエスポアール病院」を開設された。病院を中心に居宅介護支援事業所や老人保健施設を併設すると共に井原市内にグループホームも開設して地域ぐるみで認知症高齢者の生活を支援している。病院は認知症高齢者の心や生活スタイルを最優先に考えて病棟を12人前後の少人数で生活する「ユニット」に分け、夫々に畳、タンス、ちゃぶ台などを置き家庭的雰囲気にした。スタッフも利用者にマンツーマン方式で寄り添い一緒に生活し徘徊など認知症に特有の行動を改善させる「ユニットケア」を取り入れている。試行錯誤を繰り返しながら認知症高齢者本位のケアをやって行くうちにユニットケアに行き着いたそうである。
 認知症は大まかに脳変性疾患のアルツハイマー型認知症と動脈硬化が原因の脳血管性認知症がある。先生の関った認知症患者での統計ではアルツハイマー型41%、脳血管性14%にこれら2つを合併したもの26%、レビー小体型10%にピック病4%であった。認知症は100人に7〜8人の頻度で起こるポピュラーな病気で決して特殊な病気ではない。治らないけれども良性の病気でありゆっくり進行する。その病気を持ったままであの世にも行ける。対応の仕方、医療や介護のアプローチがまずいと急に悪くなる。分からない事、出来ない事が徐々に増えて行くが特別な事をせずに普通に対応し一人の人間として尊厳を保ちその人らしい生活を続けさせなければならない。認知症の人も口に出す事は少ないがある程度は物忘れの自覚がある。悩みながら辛い思いをしている。逆に悲しみや怒りの感情には敏感で情緒的に落ち着かず心理的不安も大きい。それを受け止め安心出来る環境を作りケアに当たることが大切である。
 皆さんは仕事の上で認知症の患者さんとはじめて向き合うとき、その方が一人の人間であることを忘れて、認知症だとの先入観をもって対応していないだろうか。認知症の人はその事を察知して心を開いてはくれない。それでは良いコミュニケーションは取れない。日本はあるべき認知症ケアの考え方とやり方では西欧諸国に20年もの遅れを取ってきた。認知症を特別な病気と決め付け患者さんは何も分からないと思い込んでしまい、不可解な行動を認知症そのものに付いた症状と考えてきたのである。その行動だけを問題にして根本にある原因を考えていなかった。夫々の問題行動を十把ひとからげに認知症の症状として片付け1個の人間としての患者さんを見ていなかったのである。患者さんには普通に接してその人なりを充分に知り、良いコミュニケーションを保つ事が大切である。
 認知症は中核症状の物忘れに始まる認識、理解障害である。これは全ての認知症に共通の症状である。それを基に生じる戸惑いの周辺症状は、100人の患者さんがいれば100種類の症状があると言って良い。簡単に病的と見做さないで個人的に意味のある行為や状態であると解釈することが大切である。現在、置かれている環境、心理状態、健康状態、生まれながらの性格や個性、人生歴などを介して生じるのが周辺症状である。
 日本での認知症の対応は1980年代の医療と生活を切り離し閉じ込めてしまうケアの無い時代であり、1990年代になり生活、医療、ケアの関りの大切さが認識された。しかし全ての患者さんを集めて画一的にケアをするケアの為の時代であった。やっと1995年頃から患者さんの生活を中心に置き、それを医療とケアでサポートする形に変わってきた。これがその人らしい尊厳のあるケア、PCC(パーソンセンタードケア)である。
 認知症は何故困るのであろうか。それは人間関係に障害を起こす関係性障害の為に社会生活が出来なくなり悪循環の輪の中に嵌るからである。認知症の物忘れで戸惑い、ついには人に相手にされなくなって生きる事の厳しさ、このことに共感し介護者の人間力で患者さんの情緒を安定させ、苦しみを緩和させ患者さんを取り巻く人との良い関係を取り戻してあげる。そして悪循環の輪を絶つサポートが必要である。最後にT.Kitwoodの著作「パーソン・センタード・ケアの実践」の中の椿の愛の5弁をとりあげて、絆(attachment)、慰め(comfort)、役割(occupation)、その人らしさ(identity)、帰属意識(inclusion)が重なり合って愛(love)が成り立つと締めくくられた。




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