緑陰随筆特集
「性の健康」を目指した40年のライフワーク |
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鹿児島大学名誉教授
(前 保健学科助産学教授)
嶋田紀膺子 |
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私がライフワークとしたものは、「性の健康」である。そのきっかけは、昭和40年の助産婦学生時代である。大半が高齢者の子宮癌患者であった中に、若い患者がいた。絨毛上皮腫で臨月のように腹水が溜まり、終末期であった。「1昨年、結婚したばかり」であると知って、胸が詰まった。「セックスしたら、生命を縮める」と強く意識づけられた。「そんな理不尽な事があってたまるか」と憤りを感じた。が「結婚後間もなくして、妻を失う男性もいる」ことに気付く。希望に満ち溢れる妊婦と対照的な位置にいる癌治療女性の存在は、自分の結婚を慎重にさせ、側にいる女性たちに優しくなれた。
東京の病院で12年間臨床に携りながら、「性の健康」を揺るぎないものとして進めた。2つ目の事例は、某学校の2年生が夏季休暇明け早々に緊急入院し、数日後に劇症肝炎で亡くなった。検査・治療の途上で流産が判明。リスク予防の対策指導を強く自覚した。
3つ目の事例は、19時の検温巡回の折、正常分娩した23歳の初産婦が「明日、退院であるが尋ねたい事がある」「これ迄に、年に2回計7回妊娠中絶をした。分娩は正常に経過したが、退院後も正常に経過するか」と不安な気持ちを打ち明けた。カルテに記載はなかった。癒着胎盤等の異常事態が発生しなかった事に安堵すると共に、自己申告の頼りなさ、個人指導の必要性を痛感し、産後の入院生活は心の傷の回復機会でもあると心得た。
4つ目の事例は、正常分娩であった2経産の助産師が、分娩後に「卵管結紮術を切望」し実施された。受胎調節の知識導入だけでは限界があることの確認となり、夫婦の人間関係に関するアセスメントを深めた。
5つ目の出来事は、昭和53年に母校の鹿児島大学に着任の後、関東・関西方面に住所を持つ30歳前後の未婚の子宮頚部癌が多い事に気付く。人間は「セックス」に何を求めているか追究を開始した。
昭和63年より学外での性教育を開始。WHOやSIECUS(アメリカ性情報・教育評議会)が提唱する「性の健康」即ち、身体的に・精神的に・知的に・人間関係的に良好な状態を維持・予防・回復する為に、身体の形態と機能を理解し、責任ある意思決定と行動選択を行い、有意義な対人関係を築くことを教育・指導して来たつもりである。しかし、教育的側面ではリスク予防対策には限界があることを痛感している。
「セックス」によってもたらされる身体への影響には、性差による大きな違いがある。男性は排尿等で菌を除去する為に罹患率が低い。女性は膣内に入った菌を徐去する機会はなく、体内で温度・栄養等の培養的環境を保持する為に、罹患率が高く且つ病状も進行するという身体的特徴がある。
今日も続く「子宮頚部癌による子宮摘出や死亡」の報道を聞くと、心が痛む。「女性がセックスにより、生命を縮めている」ことの対策を切望してやまない。

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