緑陰随筆特集

口 内 炎 に つ い て
鹿児島大学大学院医歯学総合研究科
顎顔面機能再建学講座・顎顔面疾患制御学分野 教授
                        杉原 一正

はじめに
 一般に口腔粘膜の比較的広範囲の炎症性病変を口内炎(stomatitis)と呼んでいる。口内炎が口腔内の特定の部位に限局している場合には、その部位の名称をつけて、すなわち、歯肉、舌、口唇に限局している場合には、歯肉炎、舌炎、口唇炎と呼んでいる。また、口内炎は、病変経過中の代表的な症状の特徴に基づいて、1)カタル性口内炎、2)水疱性口内炎、3)びらん性口内炎、4)潰瘍性口内炎、5)アフタ性口内炎、6)壊疽性口内炎などに分類されている。
 口内炎の原因は、局所的なもの、全身疾患に関連するもの、原因不明のものが考えられる。局所的原因に起因するものを原発性口内炎、全身疾患の部分症状として発症するものを症候性口内炎と呼んでいる。

口内炎の分類
1)カタル性口内炎
 カタルとは粘膜組織の破壊に至らない表在性滲出性炎症をいい、口腔粘膜の発赤を主病変とするものをカタル性口内炎(catarrhal stomatitis)という。口腔粘膜の灼熱感、刺激痛などの症状を伴う。局所的原因としては、不適合補綴物による機械的刺激、温熱や放射線などの物理的・化学的刺激、細菌やカンジダ菌の感染などがある。治療は、原因の除去と含嗽剤による口腔内清掃を行う。
2)水疱性口内炎
 口腔粘膜に水疱を形成する疾患は、ウイルス感染症と天疱瘡に代表される皮膚の慢性水疱症がある。口腔粘膜の水疱は、食物摂取や会話などによる機械的刺激により水疱がつぶれて、すぐにびらんや潰瘍の病態を呈するのが特徴である。
@疱疹性歯肉口内炎(herpetic gingivostomatitis)
図1 疱疹性歯肉口内炎

 ヘルペス性口内炎ともよばれ、単純疱疹ウイルス(HSV-1)の感染により発症する。大部分の初感染は小児にみられ、発熱、食欲不振、全身倦怠感などの潜伏期が1週間あり、その後、口腔粘膜に小水疱が多発し、やがて小水疱は破れてびらんとなり、アフタ性口内炎の様相を呈し、接触痛が強く、易出血性で口臭を認める(図1)。成人での回帰感染では口唇ヘルペスの病態を呈する。治療は、アシクロビルやビダラビンなどの抗ウイルス薬を投与する。
A帯状疱疹(herpes zoster)
図2 三叉神経第U枝に発生した帯状疱疹の口腔内病変

 水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)の感染により、顔面領域では三叉神経の走行に一致して片側の皮膚に小水疱が帯状に発現する。口腔粘膜でも三叉神経の支配領域の片側の口腔粘膜に小水疱が出現し、すぐに破れてアフタ性口内炎ないしびらん性口内炎の様相を呈する(図2)。治療はアシクロビルやビダラビンなどの抗ウイルス薬を投与する。
B尋常性天疱瘡(pemphigus vulgaris)
図3 尋常性天疱瘡の口腔内病変

 皮膚と粘膜の上皮内に大水疱を形成する疾患で、口腔粘膜の水疱形成が先行することが多い。水疱はすぐに破れて出血しやすい鮮紅色のびらんとなり、びらん性口内炎や潰瘍性口内炎となる(図3)。尋常性天疱瘡の80%は口腔粘膜病変を伴うといわれるので、びらん性口内炎が通常の治療で1か月以上治らない時には本症も疑うべきである。治療は皮膚科にて行われるが、口腔粘膜病変に対しては、副腎皮質ホルモン剤の軟膏塗布や含嗽などと口腔内清掃が行われる。


3)びらん性口内炎(erosive stomatitis)
 びらんは上皮の変性、壊死から剥離、欠損を生じる炎症性変化の現れで、比較的浅い表在性の上皮の欠損をいう。びらんが口腔粘膜の広範囲に生じたものをびらん性口内炎という。びらん性口内炎をきたす疾患としては、口腔扁平苔癬、放射線性口内炎、尋常性天疱瘡、多形滲出性紅斑、全身性エリテマトーデス、固定薬疹などがある。
@口腔扁平苔癬(oral lichen planus)
図4 歯肉に発生した口腔扁平苔癬

 口腔粘膜に白色の線状、レース状、斑状の病変を呈する慢性炎症性の角化性病変である。頬粘膜、舌、歯肉に好発し、白色病変の周囲にびらんや潰瘍を形成し、接触痛を訴えることがある。特に歯肉に発症した口腔扁平苔癬はびらんが主症状となり、剥離性歯肉炎と診断されることが多い(図4)。
A放射線性口内炎(radiation stomatitis)
 照射線量の増加とともに口腔粘膜の発赤、浮腫、紅斑、びらん、潰瘍形成を認めるようになる。びらん、潰瘍の表面は淡黄色の線維性偽膜で覆われ、接触痛が強く易出血性である。放射線口内炎の治療は、副腎皮質ホルモン軟膏の塗布や局所用エレースによる含嗽と疼痛が強い場合にはキシロカインビスカスを使用する。
4)潰瘍性口内炎(ulcerative stomatitis)
 潰瘍はびらんより深い上皮下結合組織に及ぶ組織の欠損で、治癒後に瘢痕を残すのが特徴である。口腔粘膜の潰瘍は、線維素性炎症の表現(粘膜の類天疱瘡など)のほかに肉芽腫性炎症の表現(結核、らい、梅毒、カンジダ症、放線菌症など)、膠原病(全身性エリテマトーデス)などで起こりうる。口腔粘膜の発赤、潰瘍形成、潰瘍表面の黄白色の偽膜形成がみられ、自発痛、接触痛、口臭、灼熱感などの症状がある。治療は、原因が明らかな場合には原因を除去する。原因不明の場合には対症療法を行う。
5)アフタ性口内炎(aphthous stomatitis)
図5 ベーチェット病患者に発生したアフタ性口内炎

 アフタとは、粘膜における円形ないし楕円形の比較的浅い有痛性潰瘍で、周囲に発赤を伴い、潰瘍表面は線維素性偽膜で覆われているものをいう。アフタが繰り返し口腔粘膜に生じるものを再発性アフタ(recurrent aphthae)とよぶ。口腔粘膜に多数のアフタを生じた場合はアフタ性口内炎と呼ばれる。口唇、頬粘膜、舌、歯肉などの口腔粘膜に辺縁明瞭な円形の潰瘍を形成し、食事時の自発痛、接触痛、灼熱感があり、通常1週間前後で自然治癒する。治療は、アフタ表面に副腎皮質ホルモン含有軟膏を塗布すると治癒が早くなる。なお、ベーチェット症候群の初発症状としてアフタ性口内炎が最も多いので注意が必要である(図5)。
6)壊疽性口内炎(gangrenous stomatitis)
 ブドウ球菌、レンサ球菌、紡錘菌、スピロヘータ、嫌気性菌などの口腔常在菌が潰瘍面に二次感染して発症すると考えられているが、真の原因は不明である。疲労、感冒、全身疾患などにより全身の抵抗力が低下した時に、全身倦怠感、微熱、食欲不振が数日続いた後、口腔粘膜に表面を灰白色の偽膜で覆われた潰瘍を生じる。潰瘍の拡大とともに口腔粘膜の壊死が進行し、灰白色や黒褐色を呈し、自発痛、摂食痛、流唾、口臭が認められる。治療は全身状態の回復のための補液と抗生物質の投与を行い、口腔内の清掃、消毒剤による含嗽を行う。

褥瘡性潰瘍と癌性潰瘍の鑑別について
 
図6 舌縁部に発生した褥瘡性潰瘍 図7 舌癌(潰瘍型)

 口腔粘膜の褥瘡性潰瘍(外傷性潰瘍)は、歯牙の鋭縁、不適合な補綴物(義歯や全部鋳造冠など)の慢性の機械的刺激により発生する。一般に潰瘍は舌縁部に好発し、刺激物に一致した形態を呈し、刺激の原因を除去することにより数日で治癒する(図6)。
 癌性潰瘍(舌癌など)では、刺激の原因を除去しても潰瘍の治癒傾向が認められず、増大傾向を示し、潰瘍の周囲を触診すると硬結を認めるのが特徴である(図7)。
 癌性潰瘍が疑われた場合には、生検を行う必要がある。口腔癌は、口腔粘膜の発赤、腫脹、潰瘍、出血、疼痛など口内炎と似た症状を呈することが多いので、なかなか治癒しない口内炎の場合には専門医への対診が必要である。

口内炎の治療について
 原因の明らかな口内炎は、原因の除去、すなわち根治療法を行う。褥瘡性潰瘍では潰瘍の原因となっている刺激源(不適合な補綴物など)を除去する。ヘルペスウイルスが原因の口内炎では抗ウイルス薬の投与を行う。しかし、大部分の口内炎は原因不明のものが多いので、対症療法が中心となる。すなわち、アフタ性口内炎や口腔扁平苔癬などでは、病変が比較的限局しているので副腎皮質ステロイド含有軟膏の局所塗布が有効である。病変が口腔粘膜の広範囲に及ぶ場合には、ポピドンヨード製剤などの消毒薬、アズレン製剤、副腎皮質ステロイド・エレキシル製剤による含嗽が有効である。

おわりに
 口腔粘膜の比較的広範囲の炎症性病変を広義の口内炎という。口内炎は、局所的な原因によるものと全身性病変の口腔内変化の2つに分けることができる。多くの口内炎は原因不明のものが多いので、治療は副腎皮質ステロイド含有軟膏の局所塗布と感染予防のための消毒薬等による含嗽が主体となるが、歯磨き(ブラッシング)を中心とした口腔ケアも非常に重要である。




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