緑陰随筆特集
繋 が れ た 猫


         鹿児島県医師会理事 田畑傅次郎
 英語でDog & Catは土砂降りの意味である。我が家の犬猫には当てはまらない。犬は雌。猫は雄で去勢している。2匹とも同じ年の生まれで貰われて来てからズーツと一緒に座敷で育った。じゃれあい、舐め合う程の仲だ。しかし私と猫は相性がすこぶる悪い。猫に近づくと目を見開き、口が裂け夜叉面の形相でハーッとうなり声を上げて威嚇する。うっかり触れようものなら前足をフックさせ鋭い爪で引っ掻く。傷つけられては大変なので小さい頃は押さえつけてなんとか爪を切っていた。大きくなってからは暴れるので危くて切れなくなった。ちびた爪では高い所にも飛び上がれないので可哀相になり切らずに放っておいた。そうこうして過ごしていたある日、何を錯覚したのか入眠中の私の足首を思い切り噛んだ。私はたまらずに飛び起きた。しばらく茫然自失、何が起きたか判らなかった。もっとも安全で安心と思っている場所で訳のわからない災難に遭ってしまった。この期に至っては猫には理不尽であるが私にはこれ以上、猫と同居するのは無理だ。放り出すにしても、そもそも娘の友達の家に猫が生まれ、引き取って呉れる所を探していたとき真っ先に飼おうと言い出したのは私だ。娘の友達にも悪い。妻には良くなつきじゃれて甘える。私の気持ちは分かってくれそうもないが一応相談する事にした。あれこれ話しあった末に、現に傷ついた私の事を第一に考えてもらい外で飼うことになった。ところが彼は野放しの猫にやられ一日目から体中を血だらけにして帰ってきた。敵ながら流石にかわいそうになった。そこで思いついたのが家の中に繋ぐ事。猫を繋いで飼うのはなにか奇妙な気がした。これで私も寛げる筈。背に腹は代えられなかった。最初は変な雰囲気であった。その内に気にならなくなった。家の中は今のところ落ち着いている。犬の方は最初の間こそ猫を気にして近づいていた。今では猫の食べ残しを失敬に行く位で無関係に生活している。しかし私には後遺症が残ってしまった。何の気なしに、以前、猫が昼寝していた家具や机のそばを通っていて突然、猫に引っかかれる様な予感がして立ち止まってしまうのである。遠くにつながれた彼の姿をみて始めて気を取り直せると言った繰り返しだった。私と彼がそのような関係になったのには訳がある。彼がまだよちよち歩きのとき2階から落ちて後足を骨折した。そこで私はシーネを当てて治療した。それが痛かったためか、良くなってからも私を恐れ近づくと威嚇するようになった。せっかく治療してあげたのにとの思いがあり、ついついつらく当たるようになった。ますます関係が悪化して仲直りの機会を失ってしまった。今はもう彼も長い間繋がれており条件付けられたのか首輪をはずしても紐の範囲しか動かない。長い外出から私が帰ると懐かしそうに鳴いて応える。しかし私の心の傷は消えていない。奇妙なバランスを保った生活をしている。

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