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2006年、すなわち平成18年は干支では「戌イヌ」の年にあたる。小生も「年男」となれるおめでたい年である。誕生日は年をとって老化すると考えるのは間違いで、この年まで生きて行けるように育ててくれた両親への感謝の日だと思えば良いのである。年男は又節分に豆蒔きの栄誉を与えられる役である。神様は限りある人類の時間に関しては有名人・平民、はた又金持ち・貧乏人を問わず全てに平等である。誰でもいつかは「年男」「年女」になれる。中国の秦の始皇帝が求めていたと言われる不老不死の薬など全人類的時間の平等性の見地からは全くナンセンスである。英語では「lucky-bean scatterer on the eve of the spring tide(節分、すなわち立春の前日、2月3日頃に幸運の豆を蒔く人)」と言われている。干支は「The Sexagenary cycle(60歳を単位とするサイクルの意)」、そして兄弟の意だと種々の漢和辞典に記されている。結局つまるところこれまで兄弟仲良く現在まで生きてきた幸運は、節分に豆蒔きの栄誉を与えられた男という事になる。いわば今後の人生が幸せになるかどうかの分岐点である。大いに胸を張って戌年を迎えよう!しかし反面これらの意味が分って、あらためて自らの人生を振り返ってみると只単に「戌」の年まで生きてはいるが反省と後悔、そして前途への不安に満ちており、単純に幸福感に浸るにはあまりにも激動の社会、地球環境となっている。要するに自らの年男を祝うにはこれからの生き方のデザインが必要である。若い世代の思考過程、人生観、社会の不正に対する正義感、職業観、政治への参画様式等々を理解する事から始めなければと思う。「To err is human(過ちは人の常)」というが、なるべくこれからの人生は過ちを少なくしよう。特に医療の分野ではゼロになるように充分注意しよう。医の倫理をしっかりと身につけよう。正しいと思った事には勇気をもってぶつかって行こう等々…。ある本に「子供の時は物事の節度を学び、青年時代には自分の感情を抑制し我慢する事を学び、中年になると正義とは何かをよく理解し、老年になると若い世代の良き模範・良き助言者となり、そしてニッコリ笑って惜しまれながら何の悔いもなく死んで行く人生を!」という言葉があった。これからの人生を送るのに実に適切な表現である。病院では患者さんや家族と本音で話をし、理解し合得る人間関係を構築したい。医学は人間の価値に奉仕する不確定要素の多い応用科学でありいくら年月を重ねて勉学に努めても新しい知識と技術に関して絶えず不安をともなう。医師の生涯教育の必要性の根拠である。しかし必ずしも若い世代の意見に迎合すべきでない。自らの信念が大切である。医学のヒューマニズムに基づいた医療行為に関して種々の模範を示すべく努力を要するが、それは自らの行動が若い世代への教材となるからである。しかし高齢者も若い世代も全て意見が一致し、同じ人生観で何らの意見の相違もないという社会は進歩がなく適度に意見の違いやある種の緊張関係が必要であり、この事に関しては患者さんと医師の間も然りであろう。ところで我々医師の間には心の糧となる名言が数多くある。それらを心の奥に銘記して自らの道標として生きて行くのも又一つの選択であろう。例えば高齢の方の病状説明に「症状は大した事はないが年齢を考えると安心できないので…」という説明と「この年齢にしては症状は軽いので頑張って治療しましょう…」の意義を充分に考慮すべきであろう。「医学は不確かさとの闘いでありその日その日を大切に」「それ程重大でなくとも副作用の多い現代の薬を使用する治療はそもそも危険な行為だから充分なfollow-up(フォローアップ)が必要」「患者を自分の家族と思って…」「不可能は承知の上だ。でも何とかしなければならない」「名医より良医たれ」「病気ではなく病人をみよ」、そしてヒポクラテスの誓い『Hipocratic oath』にはじまる医師の種々の「人間化宣言」がある。すなわち1948年(1983年に修正)「ジュネーブ宣言」、1964年(1983年に修正)の「ヒトにおけるbiomedical研究に携わる医師のためのヘルシンキ宣言」,1968年(1983年に修正)の「死に関するシドニー宣言」、1976年(1983年に修正)の「治療的妊娠中絶に関するオスロ宣言」、1983年の「末期の病の苦痛の緩和に関するベニス宣言」等々である。人間の第二の人生の目安は60歳頃だろうと言われているが、それにはある程度の「助走」が必要と思われる。その助走の手段として上記の宣言等や医師法第19条1項の「医師の応召義務」の意義を充分に理解し、さらに人はだれも老いるのであり死を思う事は生を考える事に通じるのであり、いかなる金持ちにも貧乏人・平民・えらい人にも時間に関しては平等であり、但しその与えられた時間をニュートン時間とするかベルグソン時間とするかは個々の人間の生き方による事等も人生の「助走」の参考となるであろう。
ここまで色々と「戌年」の者として思うがままに述べてきた所でふと別の考えに到達した。つまるところ人間は他人に迷惑をかけない限りケセラセラ『なるようになる』のような生き方も又意義があるのではないかと思った。あまり自らの人生を難しく、大上段にふりかぶって考えず、宮沢賢二の詩集を模倣して表現すると『低医療費政治にも負けず、加齢による体力・知力の低下にも負けず、インフルエンザや癌にも負けず、年齢相応の丈夫な体を保持し、大金持ちになろうという欲を持たず、決して人生の時間を無駄にせず、いつもストレスをうまく解消し、1日を有意義に過ごし、過食せず野菜類を充分に食し、あらゆる事に過剰な期待をせず、自分が先頭に立って後輩に教えやって見せ、やらせてほめてあげ、楽しい気分で帰宅し、家族や病める人々の健康に充分注意し、若し具合の悪い患者が居たら夜間でも行って治療をしてあげ、夜間に電話でおこされてもいやな顔をせず、急患の時もあわてず落ち着いて命を救ってあげ、患者さんと家族に心配しなくても良いと言い、生活習慣の見地から不健康な生活をしている人には暴飲暴食をさけて1日に1万歩の歩行運動をしなさいと教え、夏の熱中症や冬の風邪の予防法も教え、皆に余計な御世話と言われたり、逆にほめられたりもせず、かと言って厄介者あつかいもされず、最後に家族、友人、知人に感謝しながら皆に告別式等で面倒をかけずに、ひそかに、こっそりと人生を終わりたい』これが私の「年男」としての結論である。
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